
最近はずっと木の絵ばかり描いてる。
この絵も秋からずっと新宿御苑に通って描いた。
老木に魅力を感じ、描きたいと思って。
モミジバスズカケノキ
上じゃなくて横に生えてる。
根元はボロボロで今にも朽ち果てそうだった。
絵はちょっと若く描いた。
普通のサイズじゃ横に生えてる感じや、木がそこにあるという空間が出せなくて三枚をつなげてみた。
あんまり上手くいかなかったなぁ。
そろそろ油はもういいかなという気になってます。やっぱり水性のほうが好きだ。
映像的に捉えたり、写真みたいに描くのももういいかなと。(最近流行ってるし。)
自分は、美しいと感じたその場面の忠実な再現に制作意欲が湧くタイプなんだと思った。
忠実というのは感覚に忠実に。描く素材やキャンバスの枠に制約されたくない。
再現というのは「写真みたいな」ということではなくて、見えるものの内側の再現。
うまく言えないけど、そんなところをもっと突き詰めて、絵画において自分の本当にやりたいことを形にすることが来年の目標かなと思います。
枚数描いてナンボという意見もあると思いますが、徹底的に突き詰めるという姿勢があっての枚数だと思います。じゃなきゃ楽しくない。(オレが)
早く自由になりたいな。
メモ:
ミハイル・エンデ
心理
自己愛
モラトリアム
吉本隆明
論理
小林秀雄
哲学
素材
合理的
偶然性
西洋
具現化
癖
美
自分
分析
芸は人なり
脳
海馬
ロッククライミング
神話
儀式
別ける
惰性の言語
私的言語
理神論
過剰
日常化
ソシュール
勉強したい。




自由になるということは、集中力を暴走させるということなのかもしれない。芸術家にとっては当たり前のことなのかもしれないけど。僕はピアノ弾いてて、そういう時が一番いいよ。
とにかく、美に対して意識過剰になると結果が良くない事が多い。だってコントロールしたいという欲は、ある程度のところから必ず手のひらですり抜けてゆくから。
さて、太宰治は「姿勢」を「ポーズ」と言って批判しました。その意味が正確には未だによくわからん。僕らは、きっと哲学家じゃないんだろうな。
ものすごい分かりやすいけど、1つの大きさに中村君の絵が収まりきらなかったのが、三枚を連ねるという行為に自然と出たんだと思う。
絵の具の美しさの問題じゃなくて、その答えが僕は好きです。だから、結構この絵好きだけどな。
集中力を暴走させるってすごく的確な表現だと思いました。
やみくもにストッパーを外して自由を叫ぶのは違いますもんね。
そういう意識で制作をしたことなかったな。集中力の暴走…意識して制作してみます。
「姿勢」を「ポーズ」ですか。
うーん。本当の意味は分からないですけど、僕の解釈だと、今の自分には耳が痛い言葉ですね。でも真理のような気がする。
早くとらわれない境地にいきたいよーん!